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スイスのジュネーブで開かれている核拡散防止条約(NPT)の会議で、核兵器は非人道的なものだとして、いかなる状況でも使用すべきではないなどとする共同声明が提出されたが、日本はこの声明に署名せず、NGOなどから批判の声が上がった。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201304250496.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201304250496


米国の核抑止力に依存する制作と合わないとしているが、日本は核兵器を持ちたいのか?と言われても仕方のないことだろう。
日本が本当に非核三原則を掲げるならば、ここはノータイムで署名できるところではないだろうか。


しかし、今更核兵器なんて持っても意味がない。
というより、持てないと言った方が正しいだろうk。
核兵器は牽制の為に必要だというのが推進派の意見であるが、ぶっ放されたらもうそれで終わりだ。
使うのであれば先制攻撃しなければ意味がない。
食らえばもう反撃なんてできないだろう。
牽制にもならず、かと言って先制攻撃で落とす国もない。
使えもしないのに維持費として金だけ食うものを持つことに何の意味があろうか。


実際のところ政情的にもう作れないだろう。
核兵器を作るために核実験でもしようものなら、日本の非核三原則は言葉だけかと世界中からそっぽ向かれることは必至だろう。
確かに日本に核兵器を作る技術はあるだろうが作れはしまい。

ではなぜ署名しなかったのか。
私は原発の維持にあると見ている。


●原発維持の為に署名しなかった?

日本に原発が54基もある理由として、CO2を出さずにクリーン、コストが安い、原発がないと電力が不足する、などがある。
しかし、に東日本大震災以降それらが全くのデタラメであったことが路程した。
原発はクリーンでもないし、コストが安くもなく、電力も不足しなかった。
その上超危険な代物でもあった。


そこで出てきたのが原発による核抑止力である。
読売新聞は以前の社説において「日本は原子力の平和利用を通じて・・・・」と書いているが、要は原発の技術を核兵器に転用するために絶やしてはならないということだ。
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-6460
核の平和利用の目的が核兵器とはなんとも皮肉な話であるが・・・。


原発の必要性がことごとく崩れるなか、協定に署名してしまえば、核の平和利用(実際は核兵器への転用)すらなくなってしまう。
そうなるともう原発なんていらないじゃんとなることは必然だ。
署名しない理由をアメリカや中国、北朝鮮のせいにして逃げたが、私は上記のような理由だと考える。


世界からそっぽ向かれようとも原発維持にかける執念は賞賛に値する(もちろん皮肉ですよ)。
そうまでして原発マネーという甘い汁を吸いたいのか。


ちなみに、読売新聞は最近の社説においてまだ電力不足と原発の再稼働の必要性を書いている。
足りていないのに、なぜ節電目標を見送るのだろうか?
不思議なこともあるものだ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130427-OYT1T00112.htm

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