いざっ!へうげもの

日頃自分が気になった事物を面白おかしく紹介します。

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難民

難民キャンプ少女のイラストは芸術でも表現の自由でもない

ちょっと前、難民キャンプの少女の写真をイラスト化し、「他人の金で、そうだ難民しよう」という画像が話題となった。

単なる炎上騒ぎでは収まらず、BBCも取り上げて国際問題になりかけた。

経緯についてはコチラのまとめを参照下さい。

http://matome.naver.jp/odai/2144454476563655201?&page=1



こんなのは単なる誹謗中傷であり、芸術でも表現の自由でもない、終了。

で終わりたいのだけども、一応ちゃんと間違いを検証してみた。



1.    難民は止むに止まれぬ事情で自国を離れる人たちであり、そうだ○○しようなんて軽いノリで今よりいい状況を目指すのは、難民ではなく移民である(もちろん移民の人も軽いノリでは行けないだろうけども)。

2.    そもそも子供が自分の金で移民も難民もできるわけがなく、ましてや他人の金で難民しようなんて考えるわけがない(もっといい国に生まれたかった、みたいなことは思うかもしれないが)。

3.    元の写真の著作権の侵害。



もちろんそれらを言わせているのは、背景にいるであろう大人であると想定しているのだろう。

確かに、そのように考えている人もいないとは言わない。

それでも、難民と移民を間違えているのだから、そうした人もいる、という指摘には当たらない。



芸術や表現の自由は、あくまで他人の権利を侵害しない場合において有効である。

それでも意図せず侵害してしまう場合も少なからずあるが、その場合はごめんなさいで大抵は収まるだろう(裁判や金銭が発生する場合もあるけども)。

でも、今回のイラストは明らかに誹謗中傷と差別であり、これで元の写真を撮ったカメラマンや難民の人たちの権利を侵害するとは思わなかった、というのはちょっと無理があるのではないだろうか。

表現の自由=何をやっても良いでは、下手をすれば他人の権利の侵害合戦となってしまい、結果として非常に殺伐をしたものとなってしまうだろう。

それは逆に表現の自由の幅を極端に狭めるものであり、自分で自分の首を締める行為である。

だからそこ、表現者はそれなりに気を使わなければならない。



とまあ、一応表現者の端くれとしては、そう思うわけであります。

日本人は難民の人たちのことをそんな目で見ているのかって思われたら嫌ですからね。



●日本は難民を受け入れるべきか?


私は以前、現状難民は受け入れるべきではないと書いた。

http://hyouge.doorblog.jp/archives/46476825.html


それはもちろん、他人の金で難民しようとしている人がいるからなんてことではなく、日本の側に受け入れ体制ができていないという理由からだ。



先日、安倍総理は国連総会の一般討論演説で難民の受け入れについて質問を受けた際、難民を受け入れる前に女性や高齢者の活躍、出生率の上昇が先だと答えた。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-8277.html

難民問題と人口や経済の問題をゴッチャにして誤魔化した(本気で思っていたら救いがないので、誤魔化したとしておきます)。

国のトップがそうなのだ。

日本に受け入れ体制ができていないという私の意見は、残念ながら当たっているようだ。



翻って、日本は難民を受け入れるべきか否かと問われたら、受け入れるべきだと私は思う。

あの場、安倍総理は受け入れ体制を整えていくと応えるべきであった。



自分の住んでいる国がそんなチンケな所だとは思いたくないけども、悲しいかなそういう所なのである。

嗚呼・・・。

日本は難民を受け入れるべきか否か。

トルコの海岸に打ち上げられた一人の男の子の遺体の写真が世界に衝撃を与えた。
男の子の名前はアイラン。
シリアの内戦を家族で逃れてきた難民で、トルコのビーチリゾート、ボドルムからギリシャのコス島へ向かう途中転覆した。
http://jp.wsj.com/articles/SB12096842380967064583604581211692551093796


シリアの内戦も4年半に渡って続き、家を追われた難民は400万人とも言われている。
もはや周辺諸国ではまかないきれないとして、国連は日本にも難民の受け入れ要請をしている。
http://www.asahi.com/articles/ASH6L64RXH6LUHBI02J.html


●日本は難民を受け入れるべきか否か

日本も難民を受け入れるべきか否かと問われれば、人道的には受け入れるべきであろう。
だが、土地、経済、宗教、言葉等を考えると、厳しいと言わざるを得ない。
都市部はそもそも土地が少なく、地方に行けば、土地はあるかもしれないけども日本人ですら仕事が無い。
そして、言葉と宗教の違いは常に付きまとう。
どう見ても安易な受け入れは、双方ともに不幸になる結末しかないように思える。


どうしても受け入れるのであれば、住居や仕事などの整備を進め、ある程度の目処が立ってからとすべきだ。
そうでないと、犯罪に手を染めてしまうかもしれない(同じ状況に置かれれば、日本人だって同様だろう)。


また、難民だからと足元を見て、現代の奴隷制度と悪名高い外国人技能実習制度のようなことをやってしまうかもしれない。
そんなことをすれば、世界に恥を晒すどころではないだろう。


ではどうするか。
現実的には資金や物資の支援しかできないのではないだろうか。
日本政府に難民を受け入れる意思があるのであれば、その体制作りを進めるのも良いだろう。
また、紛争の終結の為の協力をする(とは言っても、どちらかの体制に付いての直接介入はできないだろうが)。


アイラン君の写真を見て、難民を受け入れろと叫ぶのは良い。
でも、感情を優先しては良い結果は生まないだろう。
むしろ叫ぶべきは紛争の終結である。
紛争が終わらなければ、難民は増え続けることになるのだから。


とは言え、紛争の原因が欧米の植民地支配や帝国主義にあるのだから、単純に空爆して収まるとも思えな。
負の連鎖、暴力の連鎖を断つにはどうするのか考えなくてはいけないのだろう。


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