いざっ!へうげもの

日頃自分が気になった事物を面白おかしく紹介します。

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安全神話

大雨の高速道路で原発の安全神話を考える。

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免許の更新に行ってきた。
私は堂々違反者講習なので2時間拘束されることとなる。
目新しいことは、無免許運転に関する規程が加わったことと、自転車の往来に関するものだろうか。
まあ、講習の文句はこっちでも言ったので今更言うまい。
いつも通りのお仕着せ、警察や関連企業の金儲けである。


●大雨の高速道路の安全神話
免許センターまでの行き帰りはたまにしか使わないので高速道路を使った。
運が良いのか悪いのか、警報が出て速度規制が入るほどの大雨でだった。
千葉駅が冠水するなど、けっこうな大雨だったのだが、そな最中に高速を走っていたわけだ。
http://j-town.net/chiba/news/localnews/208202.html


今まで高速で大雨に当たったことはあったと記憶しているけども、こんなに怖かっただろうか。
というもの、雨の水煙で視界が効かない。
100mも見えれば良いほうだ。
にも関わらず、周囲のクルマはライトも点けずに晴天時と同じようにペタペタに車間を詰めて走っている(もちろん晴天であっても危険な距離だ)。
ライトが点いていないと、特にシルバー系のクルマは水煙に溶け込んでしまって見えず、車線変更が怖い。
これだけ視界が効かないのに、よくそんなことができると感心した。
こっちはある程度車間を保っても怖いと感じるのに、あっちはそんなことは感じないのだろうか。
もちろんちゃんとやっている人もいるけれど、正直巻き込まれたらたまんないと思っているじゃないだろうか。


そうなる原因としては、自分は大丈夫だと思うのか、危険だと感じつつも対処の仕方が分からないのか、そもそも危険とすら認識していないのいずれかだと思う。
ここで話は飛んで、原発の話になる。
今、原発が再稼働できないのは、再稼働しちゃイカンという空気であり、その元となっているのはゼロリスク(つまりは絶対の安全)を求める日本のお国柄だという話を聞いた。
上の高速道路での状況を読んで、果たしてゼロリスクを求めるのは国民性だと思う人がいるだろうか?
当然私は違うと思う。
安全性を高めるには、まずそこにどんな危険があるのかきちんと認識しなければならない。
その後初めて対処方法を考えて実践に移し、ダメならまた他の方法をと、トライアンドエラーが可能となるわけが、恐らくは最初の危険を認識することがスッポリ抜けているのではないかと思う。
潜む危険を認識したとき、自分のことであれば、まあ大丈夫だんべと考えないこととし、他人ごとであればゼロリスクを求める。
ここから見えてくるのは、日本人の国民性とは、「自己の責任の棚上げと他者への無限の責任追求」である。
自己の責任の棚上げは安全神話を産み、他者への無限の責任追及で身動きが取れなくなる。
もちろん、悪いことを言うと悪いことが起こる的な、いわゆる言霊信仰もあったのことだと思うが、この考えはそう外れてはいないのではないだろうか。
その思考がもたらすのは、合理的な考え方の排除であり、感情が優先する事態である。


それでも、今の原発が安全だとは思えない。
そもそもが、自己の責任の棚上げによる安全神話で作られてしまっているからだ。
それでも、ゼロリスクなんてあり得ないのだから、ある程度の対策をしたら再稼働をしても良いのではないだろうか。
稼働をしつつ、再生可能エネルギーへとシフトしていく。
もちろん、原発マネーに毒されたジャンキーがまともな思考をまだ保っていれば、の話ではあるが。


とまあ、そんなことを考えた雨の高速どうろでした。
皆様も安全運転でいきましょう。
ご安全に!

激安スマホ充電器を買ってみたったwwww 果たしてお値段以上か!?

激安のスマホ充電器を買ってみた。
先日買ったiPhone5。
http://hyouge.doorblog.jp/archives/20580829.html
コネクタの形状が変わって、充電器やアクセサリー類が未だ出揃ってはいない。
既存のUSBの出力から変換コードを介して充電できるのだろうが、お試しで数千円を払うのはちょっとバカらしい。
そこで見つけたのがこれだ。
お値段なんと税込399円であるwww
これならお試しで買っても懐は大して痛まない。
果たして性能はどんなものだろうか・・・。



●実際に使ってみた

中に入れる乾電池はエネループ。
プロでもライトでもないスタンダードタイプだ。
充電されるものはiPhone5となる。


始めバッテリー残量50%で試す。
約2時間でフル充電となった。


翌日充電器の電池はそのままで、バッテリー残量20%で充電開始。
しかし、20分ほどして充電器が息絶えた。
約10%ほど充電されていた。


日を改め、充電器の電池を、充電されたエネループへ換装し、バッテリー残量20%の状態で充電開始。
2時間弱で充電器は息絶えた。
電池残量は84%となっていた。


結論。
この充電器でiPhone5のバッテリーは6割充電が可能!!


ちなみに公表はされていないものの、分解して確かめた方によると、iPhone5のバッテリー容量は1434mAhとのこと。
1434mAhの6割だから、この充電器で充電できるのは約860mAhとなる。
エネループ一本当たりの容量は1.2V 1900mAhとなっている。
それが3本だから5700mAhとなる。
充電器にはアウトプットが5V 500mAとなっている。
それを1.2V換算すると1時間あたり2083mA消費することとなる。
大体2時間ちょっとで空になる計算だ。
860mAhを1.2V換算すると約3600mAh。
ロスを考えると、まあ妥当なところではないかと思う。
計算合ってる?
間違ってたらごめんなさい、電気苦手なもので。


で、思ったのは、最近のスマホは電池の持ちを伸ばす為に、非常に大容量のバッテリーを搭載している。
最近のものは大体2000mAh超えだ。
確かにそれで電池の持ちはよくなるだろう。
しかし、普段近くに電源があれば問題なものの、電池等からの充電のように、電源とは隔絶された状態では、充電器にも大容量が要求される。
燃費が悪いからガソリンタンクの容量を大きくしました、ではなく、燃費(電費)を良くするのはけっこう重要なのだなと思った次第。


だからこそ、省電力を実現したIGZO液晶はスゴイと思うのである。
だったらシャープのやつ買ってやれよと思うのだが、iPhone5Sに搭載されるのを待つとしよう(搭載されるか分からないけれど、そういう噂はある)。



●全電源喪失はあり得るのか


多少心もとない結果となったが、まあ、値段相応と言ったところだろうか。
某ニ◯リのようにお値段以上とはいかなかった。
いずれiPhone5のアクセサリーが充実してきたら、ちゃんとしたものを買うつもりだったし、つなぎとしては十分だ。
私の使い方ならば、6割充電できれば1日は持つ。


バッテリーはできるだけ放電してから(放電し切っちゃうとダメだけど)充電した方が良いとされる。
いわゆるメモリー効果の為だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%8A%B9%E6%9E%9C


私の使い方であればiPhone5は2日くらいもつので、普段使いには全く支障がない。
私が一番嫌だったのは、いつも充電を開始する20%付近での電源喪失である。
まるで息継ぎ寸前で水中に引き込まれるが如しだ。


そんあことあり得ないかもしれない。
しかし、あり得ないとして対処を見送っていたのが原発の安全神話だ。
あるかもしれないときちんと評価し、対処することがリスクアセスメントである。
福島第一原発の事故の引き金は地震と津波だったが、きちんとリスクを評価して対処していれば水素爆発は起きず、放射性物質の飛散もここまでひどくならなかったかもしれない。


安全神話は原発は元より個人にだって存在する。
そんなことはあり得ないと思った方、東電のこと笑えないですよ。


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私は脱原発には反対です!!

今こんなことを書くと、非国民とか電力会社の回し者とか思われそうだけれどそんなことはない。
もちろんお金ももらっちゃいない。
というか、くれないかな。
電力会社の皆さん、フェイスブックのいいね!ツイッターでの拡散、そして大量のGROWお待ちしております!!


●脱原発派の主張

私がなぜ脱原発に反対なのか、それは脱原発派の言っていることが気に食わないからである。
もちろん脱原発派だって一枚岩ではないだろうが、基本的に言っていることは「危ないから廃炉にしろ」だ。
当然のことじゃないかって?
果たしてそうだろうか。


古来より人間は危険なものの危険な部分を克服することで、それらが持つ便利な部分を使ってより便利に、より快適にを目指してきた。
代表的なものは火だろう。
火を発見したのは偶然だと言われているが、どうやったら安全に使えるのか試行錯誤してきたはずだ。
扱いを間違えれば大惨事になることは言うまでもない。


「危険だからやめろ」と言うことは、そんな人間の性のようなものを否定することになるのではないかと思うのだ。
火力発電所や化学プラント、石油の精製工場だって非常に危険な代物だ。
もちろん一度事故が起きた際の事故の深刻さや、影響が長期化するなど直接比べられはしないが。


今後エネルギーの分野は核融合やフリーエネルギー、反物質などのSFチックなものにすら及んでいくことだろう(そこまで人類が衰退していなければ)。
それこそ扱いを間違えれば星一つ吹っ飛ぶことになるかもしれない。
それでも人はやろうとするのではないかと思う。
それが人間の性だからだ。


●原発推進派の問題

私は脱原発派には反対だが、だからといって原発推進派を擁護するわけではない。
それは原発事故の根幹部分を直せていないからだ。


3.11の原発事故の発端であり、日本の原発における一番の悪は「安全神話」だ。
テレビなどを見ていると、安全神話が「できてしまった」、という話が出てくるがそんなことはない。
「作った」が正解だ。
なぜそれが言い切れるのか。
もっと人間の根幹、感情に照らせば分かることだ。
つまり安全神話を作った理由は「原発から甘い汁は吸いたいけど、面倒くさいことはしたくないよね」だ。


工場などで一番面倒なのは安全関連の設備だ。
手間がかかる上に金はかかり、そして利益は生まない。
絶対必要だがあまりやりたくはないことだろう。
しかも原発はそれが多岐にかつ広範囲に渡る。
相当に面倒くさいのは想像に難くない。
だから安全神話を作った。
そういう体質を変えない限り、とても原発の推進派には賛同はできない。


●脱原発派も原発推進派も大して変わらない

向いている方向は真逆とは言え、脱原発派も原発推進派もやっていることは大して変わらないと思う。
それは、脱原発をすること、または原発を推進することでのリスクを説明していないことである。


このままの体勢で原発を推進することのリスクは、やはり安全神話を野放しにしていることだろう。
このままではまた同じことが起きるだろう。
もちろん推進派はそんなことは言わない。


脱原発派のリスクは、電力が不足することを電力会社のウソだとしていることだ。
もちろんウソであればそれにこしたことはない。
だが、ウソでなかったらどうだろう。
度々の停電で工場はオチオチ稼働していられない。
データは吹っ飛ぶ。
今日頼めば明日品物が届くなどはもうできない。
そういうことができなくなる可能性、それが及ぼす影響などを説明しているだろうか。


メリットばかりを言ってデメリットは説明しない。
双方高額商品を売りつけようとするセールスマンみたいだ。
極端から極端に行って良かったことなど無い。


●これからの原発

では、原発はこれからどうするのが良いのか。
私は、新たな原発の更新はせず、すこしずつ無くしていくのが良いと思う。
なくなった分は風力や太陽光などの自然エネルギーに転嫁させる。
そのくらいの時間はあると思われる。
日本が環境大国になれるチャンスである。


こういう時は多方面の知識が役に立つ。
モータージャーナリスト、下野康史さんがいろいろなものを運転する試乗記。
中に原発の運転がある。
場所は奇しくも福島第一原発だ。
その後まさかこんなことになろうとは思いもしなかっただろう。


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