いざっ!へうげもの

日頃自分が気になった事物を面白おかしく紹介します。

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ニュース全般

靖国神社のトイレの爆発事件、神社に入る正当でない理由ってなんだろう??

靖国神社のトイレで爆発音がした事件で、容疑者が逮捕されました。
警視庁公安部に逮捕されたのは、韓国籍で住所・職業不詳のチョン・チャンハン容疑者(27)です。チョン容疑者は、正当な理由なく靖国神社の敷地内に侵入した建造物侵入の疑いが持たれています。

TBSニュースより引用
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2654587.html


この事件に対して何かを言う気はさらさら無い。
ただ、「正当な理由なく靖国神社の敷地内に侵入した建造物侵入の疑い」という拘束理由に、そんなのがあるのかと驚いた。
もちろんトイレに爆発物を仕掛けるのは正当な理由でないことは分かる。
しかし、開門時間内であれば(靖国神社の開門時間が午前6時、閉門は時期により違うが、午後5時~午後7時)極めて公共施設に近く、言わば公園みたいになる状態においての「正当でない理由」って一体何だろうか。


逆に正当な理由として真っ先に浮かぶのはお参りだが、散歩や昼寝、もちろんお手洗いもある。
また、靖国神社には遊就館があるから、勉学や資料探しなんてこともあるだろう。


とすると、「正当でない理由」に当てはまるのは破壊工作くらいしか思いつかないのだけれど、「正当な理由」なんて、「公益及び公の秩序」くらい曖昧なもので、その時々でや人の解釈で変わるものだし、変えられるものだ。
だからこそ、そんな曖昧な理由で拘束という今回の事件にちょっと危惧を覚えたのである。


まあ、普通に生活していれば「正当でない理由」の厄介になることなんてないとは思うけども。

難民キャンプ少女のイラストは芸術でも表現の自由でもない

ちょっと前、難民キャンプの少女の写真をイラスト化し、「他人の金で、そうだ難民しよう」という画像が話題となった。

単なる炎上騒ぎでは収まらず、BBCも取り上げて国際問題になりかけた。

経緯についてはコチラのまとめを参照下さい。

http://matome.naver.jp/odai/2144454476563655201?&page=1



こんなのは単なる誹謗中傷であり、芸術でも表現の自由でもない、終了。

で終わりたいのだけども、一応ちゃんと間違いを検証してみた。



1.    難民は止むに止まれぬ事情で自国を離れる人たちであり、そうだ○○しようなんて軽いノリで今よりいい状況を目指すのは、難民ではなく移民である(もちろん移民の人も軽いノリでは行けないだろうけども)。

2.    そもそも子供が自分の金で移民も難民もできるわけがなく、ましてや他人の金で難民しようなんて考えるわけがない(もっといい国に生まれたかった、みたいなことは思うかもしれないが)。

3.    元の写真の著作権の侵害。



もちろんそれらを言わせているのは、背景にいるであろう大人であると想定しているのだろう。

確かに、そのように考えている人もいないとは言わない。

それでも、難民と移民を間違えているのだから、そうした人もいる、という指摘には当たらない。



芸術や表現の自由は、あくまで他人の権利を侵害しない場合において有効である。

それでも意図せず侵害してしまう場合も少なからずあるが、その場合はごめんなさいで大抵は収まるだろう(裁判や金銭が発生する場合もあるけども)。

でも、今回のイラストは明らかに誹謗中傷と差別であり、これで元の写真を撮ったカメラマンや難民の人たちの権利を侵害するとは思わなかった、というのはちょっと無理があるのではないだろうか。

表現の自由=何をやっても良いでは、下手をすれば他人の権利の侵害合戦となってしまい、結果として非常に殺伐をしたものとなってしまうだろう。

それは逆に表現の自由の幅を極端に狭めるものであり、自分で自分の首を締める行為である。

だからそこ、表現者はそれなりに気を使わなければならない。



とまあ、一応表現者の端くれとしては、そう思うわけであります。

日本人は難民の人たちのことをそんな目で見ているのかって思われたら嫌ですからね。



●日本は難民を受け入れるべきか?


私は以前、現状難民は受け入れるべきではないと書いた。

http://hyouge.doorblog.jp/archives/46476825.html


それはもちろん、他人の金で難民しようとしている人がいるからなんてことではなく、日本の側に受け入れ体制ができていないという理由からだ。



先日、安倍総理は国連総会の一般討論演説で難民の受け入れについて質問を受けた際、難民を受け入れる前に女性や高齢者の活躍、出生率の上昇が先だと答えた。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-8277.html

難民問題と人口や経済の問題をゴッチャにして誤魔化した(本気で思っていたら救いがないので、誤魔化したとしておきます)。

国のトップがそうなのだ。

日本に受け入れ体制ができていないという私の意見は、残念ながら当たっているようだ。



翻って、日本は難民を受け入れるべきか否かと問われたら、受け入れるべきだと私は思う。

あの場、安倍総理は受け入れ体制を整えていくと応えるべきであった。



自分の住んでいる国がそんなチンケな所だとは思いたくないけども、悲しいかなそういう所なのである。

嗚呼・・・。

冥王星へ最接近のニューホライズンズ、がんばったのう!!

714日、NASA(アメリカ航空宇宙局)の無人探査機、ニューホライズンズが冥王星へ最接近を果たした。

その距離は約10000キロとのこと。

10000キロというと遠いようだが、宇宙基準で考えるならば、それはもうくっついているのと同じくらいの距離である。

気象観測衛生の軌道は約36000キロというから、その近さが分かるだろう。

 


ニューホライズンズは接近過程でいくつかの画像を送信してきている。

https://twitter.com/NewHorizons2015


最接近時の画像は後日公開されるだろう(何も問題なければwwww)。

 


冥王星を発見したのはクライド・トンボー、1930年のことである。

カンザス州の農場で働いてた彼は専門的な教育を受けていないにも関わらず、古い自動車の部品等を使って望遠鏡を自作していたという。

それが認められ、ローウェル天文台で惑星の研究を任せられたという。

トンボーがその任に就いていなければ、冥王星の発見はもっと遅れていたのだろうか。

 


冥王星(Pluto)の名付け親はベネチア・バーニー。

英国に住む、当時11歳の少女であった。

ローマ神話の冥界の神にちなんでプルートと名づけてはどうかと、軽い気持ちで応募したという。

仮に天王星と海王星がなくても、太陽系の深淵を巡る星にふさわしい名前だと思う。

 


ニューホライズンズには、トンボーの遺灰を詰めたカプセルが搭載されている。

もちろん冥王星に最接近した際にぶち撒けはしないだろうけども、まるで長い時をかけた帰郷(トンボーの故郷は冥王星ではないけども)のようで、なんともロマンチックだ。

もちろん惑星探査が単純な学術調査でないことは分かっているが、夜空の星を見上げるとロマンを感じざてしまう。

 


冥王星への最接近を果たしたニューホライズンズは、カイパーベルトのさらに奥へ進み、今だ知られざる小天体の探査へ向かうという。

がんばれニューホライズンズ!!

 

●太陽系第十惑星発見??


以前冥王星の更に外を巡る星が発見されたというニュースがあった。

イヌイット神話の海の女神にちなんでセドナと名付けられたその星(他にもいくつかあったように記憶しているが)がそうだ。

太陽系第十惑星発見かと一時話題になったが、その後に冥王星が準惑星へと降格(降格なのか?)騒動があり、話題に上らなくなった。

ところが、ボイジャーが(1号か2号かは失念)、実は太陽系第十惑星へと到達していたという。

その惑星の名前はセドナではなく、NOX(夜の女神にちなんでノクス、もしくなナンバー10の意図もあるという)といい、ヘメラ(ノクスの娘で昼と女神)という衛星を抱えているとか。

信じるか信じないかはあなた次第(これが言いたかったwwwww

怖いと話題の、ニュージーランド政府作成の交通安全啓蒙ビデオが本当に怖かった。

ニュージーランド政府制作の交通事故の悲惨さを訴えるビデオは悲惨だと聞いてみたら、本当に悲惨だった。
幹線道路を飛ばす車と横道から出てくる車。衝突は不可避で、事故の1秒前に時間が止まる。双方の運転手が降りてきて、言葉を交わす。
「すまない、行けると思ってしまった。」
「俺ももってゆっくり走っていれば・・・」
「お願いだ。息子が乗っているんだ」
「速すぎてどうしようもできない」
その言葉を聞き、運転席へと戻る運転手の顔が忘れられない。そして時間が動き出し・・・。

 

事故のきっかけは本当にささいなことである。
ちょっとスピードが出過ぎた。
ちょっと何かに気を取られた。
逆に集中しすぎると周りが見えなくなったり。
運転しているとどうしても起こり得ることだ。あまりに脇見運転がヒドイとか、無謀運転が過ぎるとかだと直さなければならないが、人間である以上は恐らく100%やらないのは無理だろう。
人間とはそういうものだと、ある程度はそう思うしかないのだと思う。


 いい加減な人間というものを受け入れた上で私が自己対策として有効だと思うのは、自分は事故を起こす可能性があると常に認識しておくことだと思う。
シートを水平近くまで倒し、肩肘を立てて運転したり、サンダルやハイヒール、クロックスなどでペダル操作を行う等、確かに平常時であればそれでも問題ないのかもしれないが、それを逸脱した時にとても対処できるようには思えない。
車が誰でも簡単に運転できるようになった副作用なのだと思うが、動いている車は、銃の弾丸なんかとは比べものにならないほどの運動エネルギーを持っている。
エネルギーの比較


車が人の列に突っ込むという悲惨な事故は枚挙に暇がない。
車は危険であり、自分が運転をミスすれば簡単に人を殺せるものであることを改めて認識した次第だ。
日本の交通事故の啓発ビデオは、大体が事故後のグチャグチャになった車の写真かなにかで悲惨さを伝えるが、紹介したニュージーランドのビデオのようなエネルギー感は正直感じない。
誤解を承知で言えば、日本のものは現実感が薄い。
自分の運転する車が凄まじい運動エネルギーを持ち、人や物に突っ込む。
そんな生の感覚のようなものが伝わる、とても良いビデオだと思った。
絶対にやりたくないけども・・・。

ブログを一つにまとめます宣言。

私はこのブログの他に2つブログをやっているのですが、時間が取れずに更新頻度が落ちていますので、こちらに集約したいと思います。



以降はこちらにブログを書いていきたいと思いますので、これからもお付き合いいただけますと嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

http://takanobu.me/


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