いざっ!へうげもの

日頃自分が気になった事物を面白おかしく紹介します。

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政治(総合)

政治的中立をいうのは簡単だが、現実には非常に困難なことである

自民党が「子どもたちを戦場に送るな」と、中立を逸脱する教育をしている教師を通報するよう入力フォームを作成していたことが話題になっている。
その後「安保法案を廃止にすべき」と、文面を変更したことも姑息だと話題だ。
http://lite-ra.com/2016/07/post-2403.html?utm_source=rss20&utm_medium=rss


確かに「子どもたちを戦場に送るな」や「安保法案を廃止にすべき」は中立とはいえないだろう。
しかし、その逆(子どもたちを戦場に送ること、安保法案に賛成)も中立とはいえない。
反対意見だけを取り上げて中立ではないと安易に断ずることは、明らかに自民党の望むことから逸脱する教育していることを問題とし、そうした教師を密告せよとしているようにしか見えないし、事実そうなのだろう。
このことから、自民党もけっこう焦っている(単に頭が悪いだけなのかもしれないが)のではないかと思うが、それは今回の主題ではない。
いかに政治的中立を保つかということだ。


●物事に対して中立を保つには

政治的にせよその他の物事に対して中立を保つには、結局のところ両方かつ、その間にある様々な意見を知った上で自分で考えなければならない。
子どもたち戦場に送る云々に対しては、送るなという意見、送れという意見、その考えに至る背景、歴史的な側面等様々な意見を考慮した上でなければなされない。
それは簡単な道ではないし、恐らく正解は数数多存在することだろう。
ということは、中立とはけっこうあいまいだともいえる。


そういう過程をすっ飛ばしてある一方の意見を取り上げて中立でないとする行為は、結局何も教えるなといっていることに等しい(今回の件は積極的に戦場に送れと教育しろという意味かもしれないが)。
清濁を併せ呑まない中立なんて、単なる事なかれ主義でしかないと私は思う。

参院選公示。アベノミクスはどう見ても成功じゃあないか。

今日参院選が公示される。
争点は改憲とアベノミクスの是非となろうか。
その一つ、アベノミクスについて、与党は成功だと言い、野党は失敗だとこき下ろす。
私が思うに、アベノミクスは成功であると断言できる。


アベノミクスで起きたことを一言で言うと、円安と株高、法人税を下げたことによる好調な企業業績である。
儲けたお金は溜め込み、タックスヘイブンへ流す。
結果賃金は上がらず、円安で原材料は高騰し、取られる分だけ増えた、となろうか。
http://news.livedoor.com/article/detail/11633602/


じゃあ失敗じゃあないか?
いやいや、大成功だ。
多少なりとも庶民にお金がいくようになるには、トリクルダウン(滴り落ちる)の有無の一点にかかっていた。
竹中平蔵氏もトリクルダウンは起きないと断言している以上(というか、タックスヘイブンなんてものがある以上、トリクルダウンなんて起きようがないのだが)、それはあり得ない。
まったくの嘘っぱちである。
しかし、あまりに庶民を締め付けすぎると、さしもの企業も持たないと考えてか、消費税増税はできなかった。
タックスヘイブンに逃げているお金を日本に持ってくれば問題は解決するのだが、もちろんそんなことはやらない。


以前どこかで、タックスヘイブンけっこう。
もっと稼いでお金を使ってもらった方が景気は良くなる(うろ覚えだが確かこんな内容だった)、というツイートがあったが、、それは間違いである。
お金を使われることはないし、税金として取られ、庶民へ再分配されることもない。
そもそもが私達から吸い上げたお金であるにもかかわらず、だ。
結果、格差は広がった。


民進党は「所得・資産の再分配と経済成長を両立させる経済政策への転換」訴えているが、タックスヘイブンに逃げているお金にもきっちり課税することで、解決できるのではないか。
個人消費が伸びないのは単純にお金が無いというものあるが、それ以上に将来が不安だからである。
将来が不安であるなら、稼いだお金は使わずに貯めておくしかない。
社会保障が充実することで将来の不安を解消し、賃金も上がれば景気も回復しよう。
それをやらずにアベノミクスのギア上げてフル回転させれば、格差がさらに拡大するのは火を見るより明らかである。

日銀がマイナス金利政策を発表。タンス預金のリスクとは?

1月29日、日銀がマイナス金利政策を発表した。
http://vdata.nikkei.com/prj2/nichigin0/

今後銀行にお金を預けておくと金利を取られるようになるのかと言うと、それはあくまで銀行が日銀に預けた場合の話であって、個人の場合はその限りではない。
今後はどうなるかは分からないが、結果国債の金利は下がり、現在雀の涙ほども付かない金利がさらに安くなるのは確かだろう。


マイナス金利の発表を受け、株は上がり、円は円安方向に動いた。
市場が歓迎した結果だが、実際のところとしては、国債の買い入れによる量的緩和がそろそろ限界に近い(思ったほど物価を上げる効果もない)のではないだろうか。
それでも、来年の4月に予定されている消費税増税まで、是が非でもそれに耐え得る景気状況にしとかなきゃならんと必死なのだろう。

●タンス預金は有効か?

どうせ金利が付かないであれば(付いてもごくわずか)なのであれば、銀行に預けずにタンス預金しておけば良いのかというとそうでも無いらしい。
お名前は失念したが、先日WBSを見ていると、タンス預金の盗難や焼失等のリスクを考えると、マイナス2%くらいになるそうだ。
日銀が今回発表したのはマイナス0.1%であり、そのくらいまでは下げられるとのことだったが、盗難と政策金利を一緒にするのはちょっと乱暴ではないかと思った。


ともあれ、タンス預金にリスクがないわけではないことは確かである。
また、タンス預金は仕舞っておくかぎり動かないのだから価値は一緒かと言うとそうでもない。
確かにタンスの中のお金が動かないが、世間のお金に対する価値が動く。
インフレになればお金の価値は減じ、デフレならば上がる。外国も考慮に入れると、円高なら価値は上がり、円安ならば減じる。


最終的に個人の考えによるが、タンス預金にリスクはなく、価値は不動だという考えは間違いである。か
といって投資に回せばいいかというと、現実にはそれ以上のリスクがあるわけでございますwww
なかなかうまくいかんね、世の中って。

農協で見た、元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏の記事に感銘を受けた。

先日のこと、農協に用事があってちょっと行った。
待ち時間の暇つぶしに、農協が発行している雑誌である「家の光」を手に取る。
http://www.ienohikari.net/

そういえば祖母がたまに見てたなあなんて思いながら、パラパラとページをめくる。
この雑誌、がんばってる農家さんや郷土料理等を紹介していたりと、ちょっと興味をそそることが載っていたりする。
その中で、元ウルグアイ大統領、ホセ・ムヒカ氏の記事が目に止まった。
恥ずかしながら私は知らなかったのだけども、ホセ・ムヒカ氏は世界で最も貧しい大統領として有名だとか。


氏は、首都モンテビデオの貧困家庭に生まれる。
2010年に大統領になった後でも豪華な官邸には住まず、報酬の大半を社会福祉に寄付した。
国連持続可能な開発会議(リオ+20)における演説で、現在の消費社会への警鐘を鳴らした。 http://www.nikkeyshimbun.jp/2015/150306-61colonia.html

貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。

発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。


まったくもってその通りだと思う。
原発事故後、細川元首相等、脱成長を掲げる人たちが出てきた。
経済成長の恩恵を受けまくって来た連中が何言ってんだと批判されたが、それはちょっと筋違いではないかと思った。
それは、自分が先輩にイジメられていたから後輩もイジメるみたいな負の部分を連鎖させるものであり、どんどん泥沼にはまっていくだけである。
放蕩三昧の末に神の声を聞いたという、聖フランチェスコの例もある。
先の批判は、散財しまくったやつが清貧とか平和を唱えるんじゃねーって言っているようなものである。
まあ、説得力はともかくとしてね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%B8%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%B3


ではやはり脱成長が正しいのか、それは違うと思う。
私達の生活は間違いなく成長の上に立っている。
アフリカ等、1日1ドル以下での生活を強いられているなんて例に持ち出させる人たちは、恩恵を受けるだけの成長が無いためにそんな立場となっている(これについては、もともとお金なんて必要無かった人たちに貨幣文化を強要した側面もあるとは思う)。
でも、例え成長したとしても、この世の春を謳歌できているのはごく一部の人たちだけである。
ほとんどの人は毎日の仕事に追われるだけで、幸福とは程遠い。
さらには、裕福なはずの日本においても貧困問題も噴出してきた。
脱成長ではもっと酷いことになっていたのだと思うが、成長を目指してきた結果こうなっているのだから、これはもう成長の方向が間違っているのではないか。
個人だけでなく人類全体の幸福を求める。そういう視点が無ければ、成長しようが脱成長だろうが、行き着く先はどん詰まりなのではないだろうか。

 
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